卓話概要

2020年09月01日(第1734回)
独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
山口 周氏

世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?

★なんでこうなっちゃうの?

 「スペースコロニーに移住する際、日本の文化遺産から、一つだけ持っていけるとしたら、いったい何を選びますか?」
 私が大学の講義や企業の研修などで、このように質問して、寄せられた回答のリストを作っていくと、いつも同じような結論になります。そのほとんどが18世紀以前に作られた物になるのです。厳島神社、金閣寺、長谷川等伯の松林図、桂離宮などです。
 明治以降、日本はGDPを上げるという面では、確かにすばらしい成果を上げてきたわけですが、上のような問いに対しては、19世紀以降、産業革命が起こった後の物は、ほとんど出てこないのです。
 生産性革命によって多くの物を作ってきた日本ですが、今の世の中を見渡してみると、「なんでこうなっちゃうの?」という物が溢れています。たとえば中禅寺湖名物のスワンボート、グジャグジャ電線、行楽地の広告看板、日本橋の上の首都高速、等々です。

★理性(Science)と感性(Art)

 私たちの社会的活動や企業活動は、日々の意思決定によって成り立っていますが、意思決定の善し悪しは、下の表のように「真・善・美」によって測られます。

   【理性=Science】  【感性=Art】
真 / データ・事実 / 五感・匂い・肌触り
   論理思考      直感
善 / 業界慣習   / 道徳
    判例        倫理
    法律        世界観・歴史観
美 / 市場調査   / 感性
    他社事例      審美眼

 この「理性」と「感性」は、どちらが重要だということではありませんが、ただ、いろんな意味で、右側の「感性」がより重要な世の中になってきているなという気がします。

★過剰なモノと希少なモノ

 今の世の中を、「過剰なモノ」と「希少なモノ」という軸で見てみると、下のような形になるのではないかと思います。

【過剰なモノ】     【希少なモノ】  
正解・ソリューション > 問題・アジェンダ
モノ         > 意味
利便性        > 情緒・ロマン
データ        > ストーリー
説得         > 共感
新しさ        > 懐かしさ

 過剰なモノの価値は低下し、希少なモノの価値は上昇するという原則です。
 モノに価値が無くなっているというのを、象徴的に示す人物がいらっしゃいます。それは誰だと思われますか? 日本人で、世界でいちばん本が売れている人です。
 正解は「こんまり」さんです。『人生がときめく片づけの魔法』など、お片づけの本を書いた方です。世界で1200万部売れているのです。雑誌「TIME」で、「世界を代表する50人の思想家」の一人に選ばれています。
 今までの人間の社会では必ず、モノをつくることで価値を生み出すことが基本でした。それに対して「こんまり」さんは、世の中からモノを無くすことをやっているのです。それによって莫大な富を築いた人です。
 彼女の本を買ったり、講演を聞いたりしている人は、モノを無くすためにお金を払っているのです。モノにマイナスの価値が生まれているのです。これは、近代が終わったということを示す象徴的な現象だと思います。

★意味をつくる/問題をつくる

 すでにクイズやパズル(チェス・囲碁など)では、人間は人工知能に敵わない世の中が来ました。しかも人工知能は、いま急速にコストが下がっています。
人工知能のワトソンが、クイズ番組「ジェパディ」で優勝したのは、今から9年前の2011年のことです。仮に当時のワトソンの価格が1億円だったとすれば、同等の性能の人工知能が100万円で購入できる時代が、すぐそこまで来つつあります。
 「今年はいい新入社員が採れなかったから、ワトソンを5台買って来たぞ」と社長が人工知能を買ってくる時代がやって来るということです。知的プロフェッショナルとか知的付加価値というもののあり方が、大きく変わってくることになると思います。
 そうなると、人間に出せる仕事はどういうものになるだろうかと考えると、私は二つあると思います。
 一つは、「意味をつくる」ということです。これは今のところ人工知能にはできません。
 もう一つは、「問題をつくる」ことです。問題はどうやってつくるのか。「ありたい姿」と「現状」の引き算が「問題」です。「ありたい姿」が描けないと「問題」を生み出すことができません。従来の価値の源泉が「解決策」だったのに対し、今後の価値の源泉は「ありたい姿」、つまり「構想」になると思います。