卓話概要

2020年12月01日(第1744回)
学校法人二松学舎常任理事
西畑 一哉氏

学校法人二松学舎の改革とその現況~夏目漱石アンドロイドの活用等

★漢学者・三島中洲が創立
 二松学舎は、明治10年に千代田区の千鳥ヶ淵のすぐそばに、三島中洲という倉敷出身の漢学者によって創立されました。そのため、今でも大学だけでなく、附属高校・中学でも「論語」を使用した授業を行っています。
 建学の精神は、「東洋の精神による人格の陶冶」、「己ヲ修メ人ヲ治メ一世ニ有用ナル人物ヲ養成ス」というものです。三島中洲は漢学者でありながら、非常に幅広い仕事をした人で、旧民法草案策定に寄与し、大審院(最高裁)の判事も歴任しています。また渋沢栄一とも親交を結んでいました。

★中長期計画を基盤とした学校法人経営
 二松学舎では中長期計画「N’2030Plan」に基づく学校法人経営を強化していこうとしています。企業経営者の方々から見れば、中長期計画などは当たり前だと思われるかもしれませんが、私立大学というのは、経営計画といったことにはあまり頓着せずに100何年間生きてきたという業界です。
 計画策定に当たってはまず、多様なステークホルダーにアンケートを実施しました。学生・教職員・父母会・卒業生のみならず、地方公共団体、金融機関、取引先企業などから、学校法人二松学舎の長所・短所を詳しく聞き取りました。そして基本的にはボトムアップにより中長期計画を練り上げてきました。
 少子化問題は深刻です。かつて200万人近かった18歳人口が、いまや100万人を割りそうになっており、2040年にはおそらく80万人を割るだろうと言われています。人口推計はかなり正確ですから、私学業界ほど背景が分かり易い構造不況業種はないと言えるのではないでしょうか。現状600以上ある私立大学がどこまで生き残れるかということかと思います。
 こうした状況下で生き抜いていくためには、ポイントを絞った戦略を立て、そこに経営資源を集中していく必要があります。企業では当然のように実行していることを、私立大学でも意識して推進していこうということです。
 学の内容面では、今後は文科系の学部でも、ICT関係・数理データ関係の教育をしていく必要があります。5年後、10年後、企業内では、統計データの解析や通信関係の基本的な知識などが必須になってくると思います。二松学舎大学では来年の入学者から1人1台パソコンを貸与し、数理データサイエンス教育に備えるつもりです。また、それに合わせて学内のシステムインフラを一新しています。
 二松学舎大学は足下少しずつ偏差値が上がってきていますが、中長期計画「N’2030Plan」の総括目標は「中堅私立大学から、更に優れた私立大学へ」というものです。計画達成意欲を高める手段として、40弱の戦略目標(KPI)を設定し、それを「ダッシュボード」で一覧できるようにしています。具体的には二松学舎のライバル校や法人を3~5先選定し、ベンチマーク先とします。ベンチマーク先の平均値と二松学舎の経営指標を比較してどの程度追いついてきているかを、各教職員のパソコンから常に閲覧できるようにしています。

★漱石アンドロイドプロジェクト
 もともと「漱石アンドロイドプロジェクト」は、2017年10月10日の二松学舎創立140周年記念式典で、特別講演者として「漱石アンドロイド」の講演を企画したことが発端です。
 二松学舎でいちばん有名な卒業生は、夏目漱石です。私が大阪大学のOB会の幹事をしている関係で、たまたま同大学基礎工学部の石黒浩教授というアンドロイド研究の第一人者と面識を持つことができました。石黒教授のお話を何度かうかがううちに、夏目漱石をアンドロイドで復活できるのではないかと思うようになり、石黒教授に相談した結果、「やりましょう」ということになったのです。
 完成までには、漱石のデスマスクからの3Dスキャン、漱石のお孫さんである夏目房之介氏による「音素収録」、衣装作成など、いろいろ難しい問題もありましたが、2016年12月8日、「漱石アンドロイド」の完成披露記者発表を、アンドロイド自身によって行うことができました。現在、大学、附属高校・中学でアンドロイドによる漱石作品の朗読講義を行っています。また、「おはよう日本」「世界ふしぎ発見」といったメディアで、アンドロイドをたびたび採り上げてもらうことによって、二松学舎の知名度を上げることができたように思います。
 漱石アンドロイドは、二松学舎の学位授与式や入学式で祝辞を述べているほか、2018年秋には、「坊ちゃん」の舞台となった愛媛県立松山東高校(旧尋常中学校)に出張講義を行い、松山東高校の学生の方々にも非常に好評でした。
 私たちは現在も、大阪大学石黒研究室との共同研究において、アンドロイドを用いた心理実験を継続して実施しています。今後10年ほどすると、「AI・アンドロイド」が日常生活に普通に溶け込んでいることでしょう。特にAIは部分的にではありますが、人類の能力を凌駕しつつある面も見えてきています。ある意味、私たちは人類の歴史の中で最大の転換点・分岐点に立っている可能性があるのかもしれません。
 「AI・アンドロイドとは何か」を知ることは結局、「人間とは何か」を知ることだと思います。つまり「AI・アンドロイド」の研究は、「人間とは何か」を知るための研究である、ということができると思います。