卓話概要

2024年10月01日(第1869回)
東京財団研究所 主席研究員
柯 隆氏

内憂外患、習近平政権の正念場

★なぜ深圳で事件が起きたのか
 先日、中国の深圳という町で、日本人の児童が殺されたことは、ほんとうに残念に思います。
 その3か月ぐらい前には、蘇州で日本人の親子が襲われて、それを庇った中国人の女性が亡くなりました。
 いま中国で何が起こっているのか。一つ重要なことは、経済が非常に悪くなって、若者の失業者が溢れていることです。8月の若者の失業率は公式では18.8%ですが、実態は低くても40%を超えています。
 深圳という所でなぜ事件が起きたのか。ここは元は漁村でした。今の深圳は製造業が集中するセンターになっています。そこに住んでいる人のほとんどは、深圳以外から移住してきた人たちで、つまりそこにルーツのない人たちです。そういう町で失業してしまうと、犯罪に走りやすくなるということが言えます。
 今回、外務省の対応が遅すぎたと思っています。経済が悪くなっているという情報を踏まえれば、もっと早く注意喚起をする必要があったと思います。

★習近平と相互訪問できなかった岸田首相
 もう一つ、中国に滞在している日本人の方々が、毎日非常にストレスを感じるのが、例の「反スパイ法」です。アステラス製薬の社員が拘束されて、未だに釈放されていません。
 当時、林外相が中国に行きました。岸田首相はG7があったので、北京には行けませんでしたが、首相自ら習近平に電話を掛けるべきだったと思います。外務省はすぐに注意喚起を呼びかけなければならなかったのですが、きちんとした行動を取りませんでした。
 社員が逮捕されたのは去年の3月でした。それから1年半ぐらい経って、岸田さんが辞めると言った途端、中国は社員を起訴しました。それまで中国は日本政府の反応を試していたのです。岸田政権と取引したかったのです。それは何かというと、中国が最も手に入れたい半導体です。世界で半導体製造装置を作れるのは、日本とオランダだけだからです。日本にとってこれは重要なカードだったのですが、岸田政権はそれをうまく利用できませんでした。
 岸田政権の3年間を振り返ると、いちばん残念なのは、岸田さんと習近平との首脳の相互訪問が実現しなかったことです。

★習近平政権の執行部には経済通がいない
 なぜ中国経済がこんなに悪くなっているのか。それは習近平政権の執行部には経済通が一人も入っていないからです。この人たちが、プロのエコノミスト・経済学者から話を一切聞かない。すると習近平一強体制ですから、彼にはGood Newsしか行かない。したがって彼の間違った政策も、部下たちが修正できない。だからどんどん間違った方向に行ってしまう。それで混乱しているのです。
 たとえば大学を卒業すると、就職できなければ失業者としてカウントされます。政府は各大学に対して、失業者を1割以下にしろとプレッシャーをかけています。そこで大学の先生は学生に、嘘でもいいから、どこかの会社から雇用契約書をもらって来いと要求します。ネット上では、実在の会社が、雇用はしないけれども、雇用契約書を300元(約6,000円)で販売しているのです。
 公式の失業率が18.8%といっても、若者の失業の実態はこのようなものなのです。習近平はそれを知らないと思いますが、こんなことをやっていると、いつか爆発すると思います。

★メンツを潰さないで、いかに実利を取るか
 いろいろあったとしても、中国とは隣りの大国だから付き合わなければなりません。経済が悪くなっているとはいえ、14億の人口ですから、大きなマーケットであることは間違いありません。
 これから日本の対中国戦略でいちばん大事なことは、相手のメンツを潰さないで、いかに実利を取るか、ということを考えることです。中国人はメンツをいちばん大切にするからです。
 それと今後中国戦略を作る際に重要なのが、いわゆる「護送船団」です。個別の企業が情報を集める力は限られています。日本には幸い、繊維業界や鉄鋼業界といった、いろいろな業界団体があります。そういう団体がまずいろいろな情報を集めて共有する。同時に異業種との意見交換と情報の共有、さらに経団連や経済同友会のような組織が、いろいろな業界団体から情報を集めてそれを共有させる。こういった戦略が必要だと思います。
 それと特に重要なのが、アメリカ・ヨーロッパの経済団体との情報の共有です。どこで中国の有力な情報を取るか。もちろん中国ではできません。昔は香港だったのですが、今はできません。そうすると今ではアメリカなのです。その理由は、中国共産党幹部の親族・子供たちはほとんどアメリカに住んでいるからです。彼らがアメリカ政府に情報を売っているのです。アメリカのCIAは、そういう情報を買うセクションを持っているのです。
 ですから、アメリカとの情報の共有が圧倒的に重要になっている、というのが私からのメッセージです。