卓話概要

2019年11月26日(第1712回)
富山大学名誉教授 カナダ・トロント大学客員教授
山地 啓司氏

日本マラソン代表はケニアランナーに勝つことができるか?

★札幌でやれば限りなくゼロに近い

 来年の東京オリンピックで、日本のマラソン選手は、何%の確率でメダルをとることができるでしょうか。
 マラソンコースが、東京から札幌に移ることに決定しました。東京でやれば、10%~20%の確率でメダルをとれるのではないか、という期待を持っていたのですが、札幌でやると限りなくゼロに近いのではないか、と思っています。
 おそらくケニアやエチオピアの選手がメダルをとるだろうと思います。ケニア、エチオピアの選手は2000m~2500mの高所熱帯地域に住んでいます。日差しは暑いが、カラッとして、汗をかいてもすぐ気化熱で体温を奪っていく、という非常に走りやすい環境なのです。
 日本で走ると、何が変わってくるかというと、湿度です。彼らは、湿度の高いレースは未知数です。日本の選手は湿度が高くても、結構慣れていて、その対策も研究していますので、対応できるのではないかと思います。

★東京のマラソンコースの特徴

 もう一つは、東京のマラソンコースの問題です。東京のコースは、スタートして1kmぐらいすると下りになります。約3kmで30m~35m下ります。反対に、帰りはその坂を上らなければなりません。
 ケニアやヨーロッパの人たちは、元々狩猟民族で、性格的に攻撃型です。日本人は農耕民族で、守備型です。彼らは下りのときは、積極的にハイペースで走る可能性がありますが、逆に上りで苦しむだろうと思います。日本選手はコースをよく知っているので、それなりのペースで走れるのではないかと思います。
 ですから、東京で走れば、10%~20%のメダル獲得の可能性があるのではないか、と思うわけです。
 ところが、これが札幌だと、コースは平坦、気温も25℃~26℃ということで、ケニアやエチオピアの選手にとっては最適の環境になってしまいます。そうなると勝ち目はない、ということになります。

★なぜ真夏にオリンピックを?

 なぜオリンピックを真夏に行わなくてはならないのでしょうか?
 1980年のモスクワ・オリンピックの後、次の1984年の開催地にはどこも手を挙げませんでした。ロサンゼルスに打診があったけれども、拒否されました。ところが、ピーター・ユベロスというアメリカの青年実業家が手を挙げました。しかし、この2つを呑んでくれと、条件を出しました。
 1つは、企業から献金を募ること。
 もう1つは、それまではただ同然だった放送権料を大幅に値上げすること。
 こうして、IOCの総収入の8割が放送権料となり、その6割をNBCなどのアメリカのテレビネットワークが支払っているわけです。
 結局、お金を出すところが強いのです。オリンピックは、7月、8月にやってくれというわけです。なぜなら、アメリカのプロ・スポーツは7月、8月はオフだからです。やっているのは野球だけです。つまり、テレビ局は7月、8月はスポンサーが必要なのです。視聴率を高めなければいけないのです。それで7月、8月にオリンピックをやってくれということになったわけです。この点は変えられないようです。

なぜケニア・エチオピアの選手は強い

 ハーバード大学の人類学者・リーバーマン博士は、「人類が直立2足歩行ができるようになったのは、エチオピアやケニアで発見された最古の人骨から推定して、約300万年前と考えられる」と言っています。
 当時の彼らは、夜間に大型の肉食獣が食べ残した動物の肉を、ハゲタカやハイエナなどに奪われる前に持ち帰るか、あるいは熱中症で動物が倒れるまで、20km~25km追いかける狩りをしていました。
 なぜケニアやエチオピアの選手が強いのか、ということを最初に科学的に究明したのは、スウェーデンのサルティン博士です。
1.  ケニア人の平均身長や脚の長さは欧米人と変わらない。しかし、ケニア人の下腿長/上腿長は欧米人に比べて長い。しかも、身長に比して足は小さい。
2. 下腿長が細いことは骨折のリスクが高いが、下腿の脛骨や腓骨は円柱に近い形容をしており、骨折しにくくなっています。
3. 子どもの頃の通学距離が往復10km~20kmと遠距離通学をしており足腰が強いです。
4. 国際的に活躍している選手の多くはリフトバレー(東アフリカの渓谷)出身です。
 アフリカの人は、何百万年前から高所で生活して、体内に酸素を取り込む能力と維持能力が高い、つまりランニングの経済性が高い、ハイブリッド化された身体を持っている、ということが言えます。
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 ということで結論は、マラソンコースが東京から札幌に移ることによって、メダル獲得は非常に難しくなった、といえます。