卓話概要

2025年03月18日(第1887回)
東海大学技術職員(博士(理学))
小田慶喜氏

薬の体内での効き方~副作用のリスクの軽減をめざして

★野口研究所がスタート
 私は2001年に板橋区にある財団法人(現公益財団法人)野口研究所に卒研生として通い始めたのが研究のスタートです。
 卒業後はそのまま野口研究所に就職しました。研究所の一人が教員として東海大学に移ったので、その教員の指導のもと東海大学で論文博士という形で博士号を取得しました。
 2014年11月から、東海大学研究推進部技術共同管理室で先生方の研究をサポートしながら、自分の研究を続けているという状況です。

★ドラッグデリバリーシステム(DDS)
 飲んだ薬も注射による薬も、体内を巡って患部に薬が到達していくことになりますが、薬がすべて患部に行ってしまえば、難なく治療が完成する仕組みになっているはずです。しかし、そう効率よく薬が患部に行くとは限らず、途中どこかに流れて行ってしまったり、あるいは患部とまったく関係ないところに作用すると、それが副作用を起こすことになります。
 そこで薬を効率よく患部に運ぶためのさまざまな方法が昔から研究されていて、その中のいくつかの薬は薬剤メーカーさんによって作られて、すでに世の中に出回っています。
 その中の概念の一つに「薬剤送達システム」(ドラッグデリバリーシステム:DDS)というのがあります。
 薬剤を送達する先は「標的細胞」です。ここに効率よく薬を届けたいのですが、「標的」以外の細胞に作用すると、いわゆる副作用が起きるわけです。
 この「ドラッグデリバリーシステム」の概念は以前からありますが、実用化例は少ないというのが現状です。その理由としては、
 *確認すべき挙動試験が多い
 *モノづくりが難しい
 *コストがかかる
というようなことが挙げられます。
 そこで今日は、私たちが挑戦した一例についてご紹介します。

★3つの方法
 薬剤を輸送する物質の設計(DDSキャリア分子の合成)として、次の3つを方法を設定しました(分かりやすくするために、トラックで荷物を配送する場合と対比)。
 ①標的部位の定め方:(荷物の配送先の住所)
 ②薬剤の運び方:(荷物の輸送手段)
 ③薬剤の放出方法:(受取人の開封作業)

①標的部位の定め方
 人間の細胞の回りには、「糖鎖」というものが無数に存在していることが最近分かってきました。この糖鎖は、特定のタンパクに特徴的に種類を見分けられて、標的の部位につかまるという性質があります。この糖鎖をうまく使うと、たとえばがん細胞の表面にある「糖結合性タンパク質」にくっつくのではないかと考え、「標的部位の定め方」としては、まず糖を使うことにしました。

②薬剤の運び方
 薬剤に糖をつけて運ぶ方法はすでにあるのですが、すべての薬剤にそれを行うのはコストが掛かります。
 私たちは薬そのものでなく、薬を運ぶものをたくさん作り、その中にいろんな薬を入れ替えるという方法で薬剤を運ぶことを考えました。
 そこで薬を入れるカプセルとして「シクロデキストリン(CyD)」というものを使ってみました。シクロデキストリン自体は糖でできていて、主な原料はトウモロコシです。別名を「サイクロデキストリン」あるいは「環状オリゴ糖」といいます。利用例としては、消臭剤、ねりわさび、ナス漬、化粧品などです。
 私たちは、糖とこのシクロデキストリンを使うと、薬を運ぶような分子ができるのではないかと考えました。細胞の表面には糖を認識するタンパク質がたくさんあるのですが、細胞ががん化するとそうしたタンパク質が特にたくさん発現することが知られています。そのタンパク質につかまるような糖をつけてやると、薬を運ぶ仕組みがうまく作れるのではないかと考え研究を進めました。

③薬剤の放出方法
 薬だけを直接細胞に到達させたものと、もう一方は薬剤を包接させたものを細胞に到達させたものとを比較し、包接体の中から確かに薬が出ていれば、両者の細胞は同じように死滅するはずです。実験の結果、両者の値がほぼ一致したので、細胞に到達して確かに薬が出ているという機構が確認されました。薬が確かに標的細胞に入り、その薬効によって標的細胞が死滅したことが証明されたのです。
 これによって私たちは、「ドラッグデリバリーシステム」の分子ができるところまで確かめることができました。
 先ほど挙げた「ドラッグデリバリーシステム」の課題は依然として残っているのですが、薬剤を効率よく標的細胞に到達させる仕組みができる時代がもうすぐ来るのではないかと思っています。