卓話概要

2022年09月20日(第1797回)
米山記念奨学生
池 恩份氏

骨格筋は健康長寿社会を実現する鍵(Skaletal muscle is the crucial key for a healthy life)

★自己紹介
 私は日本体育大学の博士課程3年に在籍しています。東京広尾RCから来ました。韓国のソウル出身です。趣味はスキーやサーフィン、ボルダリングなどのアウトドアスポーツです。
 大学は、韓国で多くの代表選手が出ているスポーツ大学の龍仁大学を卒業しました。修士課程はドイツのハンブルクの北にあるキール大学を卒業しました。そこではスポーツ科学と医学を組み合わせて、がんの化学治療の副作用を減らすために、感覚運動のトレーニングを採り入れて、そのバランスが良くなるかどうかを研究しました。
 また博士課程に行く前に、韓国の体育科学研究所というところで、どんな遺伝子がどのような種類の筋肉に関係しているか、というスポーツ遺伝子の研究プロジェクトのリーダーを務めました。

★研究紹介
 お酒を飲むとすぐに顔が赤くなるのを、「アジアン・フラッシング」といいますが、これはALDH2という遺伝子がない人に見られる特徴です。世界には約8%いるのですが、東アジアでは約40%もいます。
 アルコールを飲むとADHがこれを分解して、アセトアルデヒドになります。アセトアルデヒドは肝臓にとって毒性を持っています。ALDH2がある人は、これを無害の物質に変えるのですが、これがない人は肝臓の毒性を分解できないので、すぐに顔が赤くなったりするのです。
 このALDH2はアルコールの分解だけでなく、アルツハイマーやがんにも関係があると言われ、ALDH2の遺伝子を持っていない人が罹りやすいという研究もあります。私は、それが肝臓の細胞だけでなく、骨格筋の細胞で毒性を分解できなかったらどうなるか、ということをネズミを使って研究しています。これが博士論文のテーマです。

★「骨格筋」の3つの役割
 今日の卓話のテーマは、「骨格筋は健康長寿社会を実現する鍵」です。「骨格筋」というのは、骨格を動かす筋肉で、人の約40%を占める組織です。その役割には次の3つがあります。
1. 「運動器」/日常生活の動作や運動に貢献
2. 「代謝器官」/肥満・糖尿病の予防に貢献
3. 「内分泌器官」/他臓器の健全度維持に貢献

★「運動器」として
 「健康寿命」という言葉があります。健康寿命とは、介護や人の助けを借りずに、起床・衣類の着脱・食事・入浴など、ふだんの生活の動作が一人ででき、健康的な日常が送れる期間のことです。
 健康寿命の平均は72~74歳です。いわゆる平均寿命が80~87歳なので、約10年のギャップがあるのです。
 「サルコペニア」といって、年齢を重ねると、老化による運動不足、疾患、寝たきりなどによって、骨格筋の量は減少し、機能は低下します。運動器の障害(ロコモ)により健康寿命が規定されてしまいますから、そうならないように、骨格筋の量・機能を高める運動習慣を獲得することが重要になります。
 7項目の「ロコチェック」を使って、自分のロコモ度を確かめてみましょう。

★「代謝器官」として
 骨格筋は代謝器官として、肥満や糖尿病にも影響を与えています。
 インスリンは血糖値を適切に維持するホルモンですが、インスリンが骨格筋に作用することで、血液中のグルコース(ブドウ糖)が骨格筋へ取り込まれます。肥満型の2型糖尿病による血糖値の上昇は、骨格筋のグルコース取り込み能力の低下が原因です。しかし運動することで、インスリンとは独立したメカニズムで、骨格筋のブドウ糖取り込みが促進されます。2型糖尿病には運動療法が有効なのです。
 また骨格筋は、気分障害(うつ病)にも関係しています。抑うつ症状は、肝臓で生成されたキヌレニン(抑うつの原因物質)が、脳に運搬され作用することで生じると言われています。
 これまで脳が重要な研究対象だと考えられていたのですが、最近の研究によって骨格筋の重要性が示され、持久的運動やトレーニングによって精神衛生が改善する機序は、骨格筋で抑うつ物質を分解する酵素が増えるためだと言われています。

★「内分泌器官」として
 脂肪細胞には、エネルギーをためる「白色脂肪細胞」と、エネルギーを燃やす「褐色脂肪細胞」とがあります。最近、この白色脂肪細胞を褐色脂肪細胞に変えるメカニズムが解明されてきています。骨格筋から分泌される「マイオカイン」というホルモンを使って、エネルギーを消費する脂肪を増やせば、肥満・糖尿病の治療に貢献できるのではないか、と言われています。
 また最近、認知症やアルツハイマー病の治療にも、骨格筋から分泌されたホルモンが有用ではないか、という研究もあります。
 皆さん、運動しましょう!