卓話概要

2023年01月17日(第1809回)
東京大学名誉教授
月尾嘉男氏

先住民族の叡智

★人工知能の研究から先住民族の世界へ
 私は、大学時代は人工知能やインターネットなど先端分野を研究していましたが、大学を辞めてから、全く逆の方向に関心を持ち、現代文明のない社会に住んでいる人たちの文化を調べようと思いました。
 そこで2008年から6年をかけて、世界の30の先住民族を訪ねてテレビジョン番組を作りました。今日はその体験で得たことを簡単にお話しさせていただきます。
「先住民族」は1992年に国連で定義されています。ある地域に住んでいた人たちを、外部から違う文化を持った人々が到来し支配するようになった、その支配された人々が「先住民族」ということになります。
 現在、先住民族は世界に約5,000民族あり、4億人が90か国に生活しています。
 私が訪ねたのは、マオリ(ニュージーランド)、サーミ(ラップランド)、イロコイとナバホ(アメリカ)、アボリジニ(オーストラリア)、ハルハ(モンゴル)、イヌイット(カナダ)、ベルベル(モロッコ)、トラジャとバジャウ(インドネシア)、アイヌ(日本)などです。

★彼らから何を学ぶべきか
 彼らは生物を非常に尊んでいる人たちです。アメリカインディアンのある部族には「どのような動物も、あなたよりはるかに多くのことを知っている」という言葉があります。
 マオリ族は、クジラを祖先を救ってくれた神聖な動物として崇拝しています。アメリカのイロコイ連邦の中には、カメやウナギなど、さまざまな動物を自分たちの祖先として崇拝している部族もあります。このように生物を崇拝する民族は世界にたくさんあります。
 彼らは自然を熟知しています。ミクロネシアの人たちのカヌーには金具が一切なく、計器も腕時計も持っていません。それでも彼らは星だけを頼りに南太平洋をどこでも航海する能力を持っています。
 オーストラリアでは2008年から翌年にかけて広大な山火事がありました。自然に一切手を入れないという現在の環境保護政策が、その一因であると言われています。一方、先住民族は「ブッシュファイア」といって、森林火災が広がらないために、下草をわざわざ燃やす方法をとっていました。それによって自然を守り、災害も防いできたのです。
 私たちは現代的な科学の知識だけで自然保護を考えますが、そうではない社会があるということを知るべきです。

★現在を予測する
 私たちは「予測」というと、現在から未来を予測すると考えます。ところが彼らは、「自分たちの子孫が、未来においてどういう環境にあったらいいか」ということをまず考え、「それでは現在、自分たちはどうしたらいいか」という順番で考えるのです。
 ナバホ族は「現在の環境は未来の子孫から預かっているものだから、そのまま未来の子孫に渡さなければいけない」と考え、自然環境の改造をしません。
 イロコイ族は「7世代先の子孫のことを考えて現在の行動を判断する」と言っています。7世代というと約200年です。
 アメリカのシアトル族の酋長は、かつてアメリカに進出してきた人たちから、「土地を売って欲しい」と言われたとき、「どうしてこの青空や大地を売ることができるのか、私たちには分からない。この水も空気も私たちのものではないのに、それをどうしてあなたは買おうとするのか?」と答えたといいます。

★日本の「循環文化」を大切に
 彼らは自然を崇拝しています。ニュージーランドでは、樹齢数千年の大木が神として崇められています。オーストラリアの先住民族アボリジニは巨大な一枚岩(ウルル)を神聖な対象として崇拝し、絶対そこには登りません。残念ながら、後から進出してきた西欧社会の人々は観光のために登っています。
 日本にも神聖な御神木や磐座(いわくら)があります。日本最古の神社とされる大神(おおみわ)神社は背後の三輪山が御神体です。飛瀧(ひろう)神社は那智の大滝が御神体、神倉神社は「ゴトビキ岩」という巨岩が御神体です。つまり古来、自然を偉大な存在として崇拝する伝統があります。
 私たちは日本の「循環文化」というものを再考すべきだと思います。日本では古来、人が立ち入らない神聖な奥山と、村人が使う里山とを分けていました。神聖な場所に行くときは、火や水で身を清めて山に登ります。一方、里山は村人たちが木を伐ったりシイタケを栽培したりして生活します。この循環が日本の自然を何千年と維持してきたのです。
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 いま地球規模の環境破壊が大きな問題となり、数十年先がどうなるか分からないときに、私たちは、もう一度、伝統文明を見直して、こういう人々の考え方を参考にし、そこから未来を考えるということが必要ではないかと思います。