卓話概要

2020年06月02日(第1725回)
日本シャンソン協会正会員・シャンソンネット代表理事
深江 ゆか氏

なぜ日本でシャンソンが?

フランスでは「レトロ」

 皆さんは「シャンソン」という言葉をお聞きになったとき、どんな曲を思い浮かべられるでしょうか? たぶん「枯葉」「愛の讃歌」「サントワマミー」、あるいは「雪が降る」といった曲を思い浮かべられる方が多いのではないかと思います。
 私は仕事柄、フランスに行くことも多いのですが、あちらでミュージック・ショップに行って、私たちがよく知っているようなシャンソンの曲を探すと、「レトロ」というコーナーにあるのです。そして実は、「レトロ」と言われているような曲を、フランス人はあまり知らないのです。
 それなのに、フランスで生まれた、フランスの曲が、どうして日本人にこんなに親しまれているのでしょうか。いま日本全国にたくさんのシャンソン教室があります。ごく普通の方が、そういったところで日本語に訳したシャンソンを歌って楽しんでいらっしゃる、これはとても不思議な現象だと思いませんか? これだけ多くの方がシャンソンを楽しんでいる国というのは、日本をおいて他にありません。

日本にシャンソンを紹介した人たち

 やはり昔からフランスに対する日本人の強い憧れの気持ちがあったからではないかと思います。
 また一方で、フランスの文化というものを、うまく日本に紹介してくださった方たちがいらしたということもあります。
 シャンソンというと、「すみれの花咲く頃」という曲をご存じだと思います。宝塚歌劇団のテーマソングのようになっています。演出家の白井鐵造さんという方が、レビューで、この曲を取り上げました。エレガントで明るく、朗らかで清潔なイメージ、それが私たち日本人の気持ちに寄り添ったのかもしれません。
 もう一つ、今年は、7月4日、5日と2日間、開催されるはずだった「パリ祭」というシャンソンのコンサートがあります。
 これは亡くなられた石井好子さんが、59年前に始められたコンサートです。石井さんは、日本のシャンソンをここまで広めた大恩人のお一人です。シャンソン歌手が集まって、毎年お祭りのようなコンサートをやりたい、また新しくシャンソンをやっていこうという人たちを応援したいということで、石井さんは、今のシャンソン協会の前身である「シャンソン友の会」というのをお作りになりました。
 この「パリ祭」という名称のコンサートは、例年ですと、6月ぐらいから、7月、8月の初めぐらいまで、日本全国いろんな所で行われるようになりました。東京では、このところずっと3,000人収容のNHKホールで、2日間「パリ祭」が行われていました。私も7月5日に出演する予定でしたが、残念ながら今年はコロナの影響で中止となってしまいました。

銀巴里

 もう一つ大事なのは、「銀巴里」です。銀座で1951年に開店したライブハウスですが、1990年12月に閉店しました。
 「銀巴里」には、今の美輪明宏さんや金子由香利さん、そして野坂昭如さん、北原ミレイさん、松崎しげるさんなども出ていらっしゃいました。
 私も大学4年生のときから、閉店するまで出演していました。
 「銀巴里」は、ほんとに小さな小屋なのですが、誰もが競うようにして、人が歌っていない歌、新しいフランスの歌を、なおかつ日本語で歌おうと努力しました。
 その「銀巴里」の作本正五郎社長がおっしゃっていたのは、「映画館と同じくらいの値段で、たくさんの人にシャンソンを楽しんでもらいたい」、そして「シャンソンは日本語で歌いなさい」ということでした。
 いま日本全国、たくさんのカルチャースクールがあり、多くの方たちがシャンソンを歌っていますが、そこで歌われている歌の約8割は、「銀巴里」発なのです。「銀巴里」で初めて歌われた、あるいは「銀巴里」の歌い手がフランスから探してきて、楽譜を起こし、そして訳詞を付けてもらい、歌い始めた、そういった曲が、いま日本全国で歌い継がれているのです。

記録映画を作っているフランス人

 日本におけるこのシャンソンの広がりということに、とても興味を持ったフランス人が一人います。ロベール・ドアノーというフランスの国民的写真家の孫娘さん、クレモンティーヌ・ドロウディルさんです。彼女はキュレーターの仕事をしているのですが、日本人がどうしてこんなにシャンソンが好きで、みんなが歌っているのかということに興味を持ちました。そして、その記録映画を作りたいということで、一昨年から何回も日本に取材に来ています。私も全面的に協力しています。
 ところが、来年上映する予定で準備を進めていたのですが、残念ながらコロナの影響で、いま足止めを食っているという状況です。
 映画の製作等々が再開しましたら、またお願いに上がることもあるかと思いますので、ぜひ心に止めておいていただければと思います。