卓話概要

2023年05月23日(第1822回)
田口淳子会員

国際環境保全専門家への取材から(会員卓話)

★サトウ博士の「マンザナール・プロジェクト」
 私は、長年、旭硝子財団が1992年に創設した地球環境国際賞「ブループラネット賞」の広報に携ってきました。お手元の資料は、私が1998年から2014年までの17年間に、世界15カ国で取材をした受賞者のリストです。本日はこの34件から、私が特に感銘を受けた2件を紹介させていただきます。
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 まず、2005年にボストンで取材した細胞生物学では世界的権威であるゴードン・サトウ博士です。博士は1927年に日系三世としてロサンゼルスで生まれました。14歳だった1941年12月に太平洋戦争が勃発、博士はカリフォルニア州の砂漠に設置された「マンザナール日系人強制収容所」に収容されました。砂漠での過酷な収容所生活は、博士の生涯に大きな影響を与えました。
 終戦後、博士はカリフォルニア工科大学において、ノーベル賞を受賞した教授たちの下で生物物理学を勉強し、博士号を取得、以後30年間、いろいろな大学で教鞭をとる傍ら、砂漠地のような厳しい環境下でいかにして食料を生産できるかを研究し、この研究を自身が収容された収容所の名前にちなんで「マンザナール・プロジェクト」と名づけました。
 折しも、アフリカの最貧国エリトリアは1960年以来、エチオピアからの長い独立戦争で深刻な飢餓状態に陥っていました。そこで博士は、「マンザナール・プロジェクト」を疲弊しているエリトリアで実施して、困っている人たちの役に立ちたいと決心します。1986年、まだ戦乱状態だったエリトリアに命がけで入国し、北部海岸地帯で魚の養殖場を作り、それが戦っている兵士の重要なタンパク源となりました。
 独立戦争は1991年に終了するのですが、博士は何とかこの貧しい地域を経済的に自立させるべく模索し、豊富な海と日光に恵まれていることに着目して、マングローブを植えることにしました。マングローブは家畜のえさになり、マングローブが植わっている周囲は魚の生育場所となる、食物連鎖からの発想です。
 博士は、海水にはマングローブの生育に必要な窒素、リン、鉄が不足していることを突き止め、これらの要素をマングローブに供給する基礎的な技術を考案し、試行錯誤の末、ついに乾燥した地域でのマングローブの育成に成功しました。取材当時には、100万本のマングローブが生い茂るようになっていました。
 博士の業績は、エリトリアの海岸地域に食料生産の手段とともに雇用を創出し、最貧地域における経済的自立への具体策を示されたことです。博士は数々の賞の賞金や特許から得られる資金すべてをこのプロジェクトに投じて、2017年に90歳で亡くなりました。博士が取り組んだ砂漠地帯での植林活動は、全世界の砂漠地帯に応用可能とのことです。

★ロイ氏の「裸足の大学」
 次に、2011年に受賞した「Barefoot College」をご紹介します。
 「裸足の大学」を創設したバンカー・ロイ氏はカースト制度最上層の裕福な家庭に生まれ、名門大学を卒業したエリートでしたが、20歳だった1965年にインド北東部で発生した大飢饉で多数の餓死者が出たことに強い衝撃を受け、貧しい人たちの役に立ちたいと考えました。そこで、外交官になる夢をすて、未熟な労働者として村に入り、5年ほど井戸掘りをしました。
 ロイ氏は農村が生きていくには、保健医療、水質検査、建築設計、会計、そして電気の通っていない村に小規模の太陽光発電のエクスパートが必要と考え、1972年に英国植民地時代に作られた結核療養所に、ガンジーの生活並びに職業スタイルを遵守する「裸足の大学」を設立しました。
 ここの太陽光発電プログラムのユニークさは、生徒が全員おばあちゃんということです。おばあちゃんといっても途上国では40歳前後の女性ですが、その年代層をソーラ―エンジニアに育成していることです。なぜおばあちゃんかというと、若者に教えても村を離れますが、おばあちゃんは村を離れないからです。
 ロイ氏は、Barefoot Collegeで行っている小規模太陽光プロジェクトは、インドだけでなく電気の届いていない世界の寒村にも採用可能と考え、国連や政府に訴えて資金援助を受けて、2004年からナンビアやケニアなど15のアフリカ諸国やアフガニスタン、ブータン、ボリビアの貧しい村からおばあちゃんたちをティオニア村に招き、半年間訓練をしてソーラー・エンジニアに育成しました。
 現在、Barefoot CollegeはBarefoot College Internationalと飛躍的に成長し、WWFなど国連機関や企業50以上の組織がパートナーとなり、世界93カ国から3,500人のおばあちゃんを村に招いてソーラ―エンジニアに育成し、250万人の人たちが電気の恩恵を受けられるようになっています。
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 ご紹介した2人の博士に共通するのは、国際NGOや基金による発展途上国への援助はトップダウンで、結果的に貧困層を無力化し、依存心を強め、自尊心を無くすと考え、最貧国に必要なのは、貧困者自身が持続可能で自立可能な経済を確立するよう指導するという考えでした。
 2人以外にも深く感銘を受けた取材がありました。世界で初めて環境ホルモンを解明したコルボーン博士、ナパーム弾で破壊されたヴェトナムの森林を修復されたヴォー・クイ博士、生涯かけてアマゾンの熱帯雨林の保全に尽くされたラブジョイ博士など、印象深い人たちがたくさんいて、私の心の財産となっており、こういう仕事をさせていただいたことを感謝しています。