卓話概要

2022年05月10日(第1783回)
経営評論家・経営コンサルタント
辛坊正記氏

日本経済を成長軌道に戻すには

★日本の中で新しく価値を生み出す
 本日の演題は「日本経済を成長軌道に戻すには」ということですが、そもそも経済が成長するとか成長しないとかを何で測るのか。それは経済の規模、すなわちGDPで測ります。
 簡単に言えば、自動車でもテレビでもヘアサロンのサービスでも、ビルでも道路でも何でもいいのですが、日本の中でみんなが働いて、1年間に新しく作り出した物やサービスの価値の合計金額、これが日本のGDPです。
 どうして「日本の中で」「新しく」と断るかというと、皆さんが日本で買い物をしても、それがどこの国で生まれたかによって、日本のGDPと日本の成長率は変わってくるからです。
 日本の企業が海外に出て行って、そこでいろんな物を作って世界中に売って稼いでも、日本のGDPはあまり増えません。日本のGDPを増やして日本を成長させるのは、日本で設備投資をして、日本で人を雇って、日本でいろんな価値を生み出している会社とそこで働く人々です。
 日本を成長させるためには何が必要か、大事なカギがここに隠れています。

★財政政策・金融政策・構造改革
 一人当たりのGDPで見ると、1989年には世界で4位、アジアでは断然トップでした。それが2020年には世界で23位。シンガポール(8位)、香港(15位)に完全に抜かれ、すぐ後ろに韓国(27位)、台湾(31位)が近づいています。
 どこの国の政府も中央銀行も、経済を成長させるときに使える手段は3つしかありません。
①財政政策(政府が自らお金を使って需要を作る)
②金融政策(日本銀行にどしどしお金を発行させて、物やサービスを買いやすくして需要を作る)
③構造改革(国のビジネス環境を企業が活動しやすいものに変えて、企業や産業を育て生産を増やしていく)
 GDPは、「生産(供給)」、「分配」、「支出(需要)」いずれの面から測っても同じ、約540兆円です。これをGDPの「三面等価」といいます。これを知っていると、3つの政策の位置づけがよく分かります。
 金融緩和と財政支出は「需要」を作る、需要サイドの政策と言われます。需要を増やせば、企業がその需要を狙って、日本で設備投資をし、人を雇い、日本の本質的な生産力が高まる。そうすると「分配」が増えてまた需要が増える。需要が増えれば、さらに日本で企業が投資をし、生産力を高めることができる。政府がいったん需要を作ってやれば、そういう好循環が起きて、日本が成長軌道に戻ってくる、という考え方です。つまり需要を刺激して生産を増やすための、いわばカンフル剤的な政策です。
 それに対して構造改革・成長戦略は、本質的な成長力を直接的に高めていく政策です。

★潜在成長率を高めるには
 日本の本質的な成長力というのは、いまどのくらいあるのか。高度経済成長時代は毎年10%以上成長する力がありました。その成長力がどんどん下がってきて、いまは0%に近づいています。
 本質的で息の長い成長をさせようとすれば、どうしても「潜在成長率」を高めなければなりません。では何がこの潜在成長率を高めるのか。要素は次の3つです。
①労働力
②設備(資本)
③技術
 日本は残念ながら、外国から人が来てもらわない限り、「労働力」が増える状態ではありません。しかし「設備」と「技術」が日本をベースに元気に成長していけば、一人当たりに生み出せるものが増えて、GDPは成長できます。この点が、日本が低いと言われて問題にされている生産性で、この生産性を高める大事な設備と技術の面で、デジタル化の遅れがいま問題になっているわけです。

★日本のビジネス環境を整える
 こういう状況ですから、日本を成長軌道に戻そうと思えば、どうすればみんなが喜んで設備投資をして世界を相手に戦うようになるのか、どうやれば日本でイノベーションが起きて世界を相手にいろんなものを発信していけるのか、こういうことを一生懸命考えて、日本のビジネス環境を整えてやることが必要です。
 政府の財政赤字と日銀の金融緩和の組み合わせで景気を刺激するこれまでの方法は、低インフレの間は問題が見えませんが、もし日本がインフレになったときは非常に難しい問題を引き起こします。金融緩和と財政支出だけで日本を成長させ続けることはできないのです。
 そうするとやはり日本で産業が強くなるようなビジネス環境を作っていかなければいけない。「ビジネス環境の国際競争力ランキング」で、1989年には日本は世界1位だったのが、2020年では34位です。日本の長い停滞の背景にはこのビジネス環境──企業が持続的成長と雇用創出する環境──の問題があるのです。今日はこの問題について具体的なお話まではできませんでしたが、日本を息の長い成長に戻そうとすれば、こうしたビジネス環境の構造そのものを変えていかなければならないのです。