卓話概要

2022年03月01日(第1776回)
帝京大学准教授
藤本龍児氏

アメリカの政治と宗教──中間選挙に向けて

★「歴史の終わり」の終わり
 私の専門は「社会哲学」です。社会を哲学的に考える、あるいは人々の世界観がどういう様相を帯びているのか、というようなことを研究しています。
 1990年代に、ポスト冷戦の展望として、政治学者フランシス・フクヤマは、『歴史の終わり』という本によって、「自由」「民主」「市場」が普遍化するのが「歴史の終わり」である、それがグローバリズムであり、アメリカニズムである、と主張しました。
 しかしながら、今回のコロナ・パンデミックによって明らかになったのは、感染症による「グローバル社会」の脆弱性をはじめとする、「市場経済」や「リベラル・デモクラシー」の脆弱性でした。
 ポスト・コロナの状況を見ても、あるいは21世紀に入ってからの20年間の状況を見ても、「歴史の終わり」という世界観が終わりつつある、ということが言われてきています。
 かつて哲学者のジャック・デリダは、「自由」「民主」「市場」が普遍化するのが「歴史の終わり」というような、そういうヴィジョン自体が、実はキリスト教的なものだと指摘しました。
 フクヤマの言う「End(歴史の終わり=目的)」のように、時間軸に沿って、歴史というものには終わりがあり、目的がある、と考えること自体が聖書的世界観なのです。日本人は、四季の巡りのように循環的に時間をとらえます。神が世界を創造し、終末に向かっていく、世界の終わりがやってくる、という終末論、こういう考え方がキリスト教的世界観です。

★「ポスト世俗化」の時代
 「宗教離れ」「世俗化」ということが言われます。礼拝出席率は確かに下がってきていますし、とくに若者のそれは減っています。しかしアメリカの礼拝出席率は、時代によって上下しています。ですから単純に宗教離れとは言えませんし、これから下がっていく一方とは限りません。
 アメリカはそれでも礼拝出席率は36%と高く、それに比べるとヨーロッパは低くて、だいたい10%前後です。
 では、世界で宗教は世俗化しているのか、というと、実は社会哲学では、世俗化はしているけれども、別の意味で、宗教が非常に力を持ってきている、というように考えています。それを「ポスト世俗化」と表現しています。
 ところで、「無宗教」と「無神論」は違います。教会に所属していない人は確かに増えているのですが、では神を信じないのか、宗教を頼りにしないのか、というと多くの人は信じているのです。
 ヨーロッパでも、無神論の人は10%です。ということは、90%の人は神の存在をある程度信じているということです。礼拝に出席しているか、という点では世俗化しているけれども、神を信じているか、という点では世俗化していないのです。

★宗教と政治の密接な関係
 世界的な社会哲学者であるジョン・ロールズやユルゲン・ハーバーマスは、世界の戦後の市民社会のベースを作った人たちですが、彼らが晩年に宗教を再評価しているという流れがあって、今世紀に入ってそうした研究が進んでいます。
 ヤン=ヴェルナー・ミュラーという研究者は、次のように言っています。
 「ヨーロッパが今日まで経験している政治世界を作り出した政治思想と政党をどれか特定するとすれば、それはキリスト教民主主義である。ヨーロッパを世界のなかで祝福された(立場によっては暗黒の)世俗主義の島とみる人びとにとっては、これは驚きかもしれない。」
 これはどういう意味かというと、ヨーロッパは世俗化している、だからすばらしいという人、だからだめだという人、どちらにせよ、20世紀のヨーロッパの中で、いちばん影響を持っている政治思想というのは、キリスト教民主主義である、ということです。
 ちなみに、ドイツで長年政権をになっていたメルケル元首相は、「ドイツキリスト教民主同盟(CDU)」という政党に所属しています。
 今のアメリカでも、「米国議会と宗教所属」という資料によると、キリスト教徒の議員は88%です。そのうちプロテスタントが55%、カトリックが30%、無所属(無宗教)は0.2%です。
 しかも議員のほうが、一般の人に比べて、この比率が高いのです。つまり、社会の中で宗教が持っている影響力よりも、議員を通して政治に影響を及ぼしている比率のほうが高いということです。
 バイデン大統領は、ケネディ以降2人目のカトリックの大統領です。一方、トランプ政権の支持基盤は、プロテスタントの福音派と呼ばれる宗教勢力です。トランプ元大統領だけでなく、共和党の大統領候補は、その宗教勢力を味方につけないと候補にすらなれないのです。
 それだけアメリカにおいては、宗教と政治が密接に関わっており、大統領選挙においても、宗教の支持基盤というものが大きく影響を及ぼしている、ということを理解しておくことが必要だと思います。