★ロッキード社からの売り込み
私が書いた『ロッキード疑惑─―角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA)が、2021年に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞しました。この本を書くのに、取材を含め15年かかっています。600ページもある本ですが、6刷まで版を重ねることができました。
ロッキード事件が起きたのは、今からちょうど50年前の1972年でした。1968年には、日本がGNPでアメリカに次いで第2位になりました。日本が飛行機をどんどん買うという予定が世界に知れ渡っていたので、当時、経営的に傾いていたロッキード社は、コーチャン社長自ら日本に来て陣頭指揮をとり、トライスターという飛行機の販売工作を行っていました。
当時、丸紅はロッキード社と販売代理店契約を結んでいましたが、コーチャン社長が丸紅の檜山社長に契約打ち切りを示唆したのです。実は、両社より古く1958年からロッキード社と繋がりがあったのが、児玉誉士夫氏でした。児玉氏がロッキード社に、丸紅と手を切るように言ったとのことです。檜山社長は交渉に一層力を入れ、大久保常務(大久保利通の孫)と共に、目白の田中角栄邸に赴き、ロッキード販売への協力を要請しました。そのときに田中首相が「よしゃ、よしゃ」と了解したというのです。
★「TANAKA」の名前が表に
アメリカ上院の外交委員会に多国籍企業小委員会(フランク・チャーチ委員長)というのがあって、ここでロッキードの問題が表沙汰になりました。それはこの委員会で、ノースロップという飛行機会社のCEOが、わいろ工作も含めて「ロッキードの販売工作の真似をした」と証言したからです。この証言がなければ、ロッキード事件は表に出なかったと思います。
そこで、小委員会はロッキード社に対し、証拠文書を出すよう要請しましたが、ロッキード社はそれを拒否しました。「TANAKA」など政治家の名前を書いた文書があるからです。最終的にロッキード社は、小委員会には名前の入っていない文書しか提出しませんでした。
こうした中、1975年10月に証券取引委員会(SEC)が、ロッキード社を相手取って裁判を起こしました。ロッキード側はそれでも政治家の名前が入った文書の提出を拒み、当時のキッシンジャー国務長官に、何とか文書を出さないで済むように、意見書を出してくれるよう頼みました。国務省はそれを受け入れて意見書を出したのですが、実はその意見書の内容には穴があって、結局は名前入りの文書が提出されたのです。要は、キッシンジャーが文書に細工をしていたということです。
では、田中が逮捕されても構わないと考えたキッシンジャーの動機は何かということです。
★田中の息の根を断つ
1972年2月にニクソン大統領が訪中し、「上海コミュニケ」というのを出しました。その内容は、「米国は、台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している」というものでした。これは実際にはアメリカは「中国は一つ」も「台湾は中国の一部」も認めていないということで、アメリカは米中関係を正常化させる考えはなかった、ということです。このコミュニケを作ったキッシンジャーは、自分の大きな功績だと本に書いています。
ところが田中首相は、同年9月に訪中し、以下のような日中共同声明を発表します。
「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。」
「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」
これはアメリカの対中政策の一歩先を行くことを意味するわけで、キッシンジャーはこれをけしからんと思ったわけです。その後、何度も日米首脳会談で考え直すよう促すのですが、田中首相はそれに従いません。それがアメリカにうらみを残す結果になります。
北方領土問題で、「ソ連は譲歩せず」と米ソが密約し、石油ショック後の日本の「親アラブ外交」などで、日米関係は悪化していきます。
このまま田中が続けば危ない。アメリカにとっては、日本はアメリカの戦略下にあって、それに従ってもらわなければ困るわけです。
田中首相は、1974年に金脈問題で首相を辞めたのですが、またカムバックすると言っていました。したがって田中の息の根を断つ、それがキッシンジャーの動機だと思います。
そこのところはキッシンジャーは認めていませんし、当時のインタビューにも答えていませんので、残念ながら100%そうだとは言えないのですが、ほとんど確実だと思います。それで私は『ロッキード疑惑』という本を書いたわけです。
このロッキード事件に対しては、①「文書誤配説/」②「ニクソンの陰謀説」/③「三木首相の陰謀説」/④「資源外交説」/⑤「キッシンジャーの陰謀説」という5つの説がありますが、その中では⑤が正しいということになります。